2012-01-01から1年間の記事一覧

依子(1)−13

搭の上、依子のいる廊下の上方の奥にある上映会場のほうから、女性のアナウンスの声が響いた。 「ご迷惑をおかけしております。申し訳ありませんが、今回の上映は中止させて頂きます。」 依子は片手に拳銃を握ったまま、ただぼんやりとそのアナウンスを聞い…

依子(1)−12

「あなたの行動は、軍規を違反した疑いがあります」突然、視界全体の光量が落ちた。下の曲がり角まで見とされていたスロープも、暗いトンネルの入り口のように闇に飲み込まれた。「グレープシティより強制的にログアウトされます」両手の先には急に拳銃の重…

依子(1)-11

突進してきた男の体を避けるために、依子は半身をひねった。 緩慢な男の動作に対応するのはわけはなかった。 男の背後に体を入れ替える。一瞬にして自分の前から消えてしまった依子の代わりに、男はまわりの空気を掴むようにかきむしるだけだった。それと同…

依子(1)-10

依子の前方から、突然、若い女性の笑い声がスロープに響いた。人気のない回廊に響くそのあけっぴろげな笑い声を聞くと、ふと依子は、従姉妹の幸恵の開放感を思い出した。それが、一瞬、混乱した頭を少し現実の自分の居場所に引き戻してくれたようだった。し…

依子(1)-9

下りのスロープはまるで地下迷宮への通路のように思えた。ひどくめまいがした。鏡に映った自分の姿に、依子は驚いていた。それが自分であるとは思えなかったからだ。しかし、では、自分はどういう顔をして、どういう姿だったのか?それも、今ではなんだかは…

依子(1)−8  水晶の塔

その回廊を、テントの外壁に沿ってちょうど半周ぐらいすると、依子たちは広いフロアについた。そこには数人の子連れの先客たちがいて、ざわざわとしていた。依子は少しほっとした。フロアの造りは、なるほど映画館のものにそっくりだった。かなり広くスペー…

依子(1)−7  水晶の塔

結局、依子が隆三を連れて、2人で「水晶の塔」へ入ることになった。さすがに幸恵も、依子一人に頼むのは気が引けて、最初は依子の申し出を断ったものの、 大人の入場料金が、映画のロードショー料金とさほど変わらないのを見ると、さすがに隆三への付き添い…

依子(1)−6

日が暮れると、町には笹子峠からの吹き下ろしの風が吹き、それがこの土地の熱をすっかり奪い取っていく。この昼と夜との寒暖の差の激しさは、葡萄の育成の地にはなくてはならないものだったが。冷気がひっそりと降りてきて、依子はぶるっと身を震わせた。そ…

依子(1)−5  水晶の塔

依子のいる矢島の家は、勝沼町の葡萄畑の広がる山間にあった。 その山側から、南に向かってなだらかに下ると、やがて大きな国道にぶつかる。 その国道を挟んで東西に勝沼町の中心街が広がっていた。 もっとも、中心街と言っても、目立つ建物は学校と大きな公…

依子(1)−4

矢島家の向かいにある機織機のある小さな工場は、がったんがったんと毎日忙しくリズムを刻んだが、昼休みにはしんとして、ひときわ静かになり、遠くからは鳥の声が聞こえた。矢島家の昼食は賑やかで、機織工場で働く職人たち-と言っても近所に住むおばさん達…

依子(1)−3

ぷぅぅーん。ぶるん、ぶるん。飛行機のプロペラ音が、穏やかに晴れた空に響いた。あれは、富士山の観光用のセスナ機かもしれない。依子のいる、矢島家の2階の部屋の窓からも、富士山が見えた。5月の富士は、頂きから中腹まで雪をのせ、その山体のなだらか…

魔王ー1

水晶の塔。 知恵の木。 葡萄の黄泉。 大富豪の鼠。 栗本重工業。 ねじ巻依子。 依子の記録した内容は、バージニア州アーリントン郡にあるペンタゴンに送られた。そこで、グレープシティ内のあるルーチンで自動的に選別されると、 特別な符号が付けられて、 …

依子(3)−5

あの狸。なぁにが追加情報だ。サラがブツブツと言った。自衛隊が移動車両と補助要員を都合しているわすかの間、彼らは2班に分かれて宿舎に用意された休憩室で待機していた。サラと同じ班なのは内心閉口したが、この件に関しては、依子も同感ではあった。作…

依子(3)−4

「続けて本作戦の今後の手順です。」日下国際活動隊隊長の説明が続いた。「マギー・フィッツジェラルド中尉率いるブレインストーム情報小隊7名は、これより、第一目的地として、そこ御殿場の駒門駐屯地から、富士の向こう側--山梨県忍野村にある陸上自衛隊「…

依子(3)−3

駐屯地司令勤務隊舎に向かう道には、ビニール製のトンネル型屋外通路が臨時に設営されていて、 そこに入ると依子たちは防護用のマスクを顔からは外すことができた。 ストームの隊員たちが皆防護装備を外して、顔を出すと、案内役の自衛官達ははちょっと驚い…

依子(3)−2 日本上陸までの経緯

依子たちの前に現れた陸上自衛隊駒門駐屯地は、まるで、吹雪の中の建物のようだった。 だが雪とは違い火山灰は溶けて流れることはしない。 建屋の屋根に積もった灰は雨を吸い込むと石膏のようにすべてのものを包んだまま固まりはじめ、いづれ中身を押しつぶ…

依子(2)−3

その日の夜. 目白依子のマンションの1階には、コンビニがあり、彼女はその袋を抱えて、4Fでエレベータを降りた。自分の部屋のドアを開けると、1LDKの暗い部屋の中で、一番奥にある電話の留守録のランプだけが灯っていた。部屋の電気をつけ、コンビニ…

依子(2)−2 +ねじ巻依子略歴

白石探偵事務所の所長は白石義男と言う名前だった。 55歳だった。 大学時代からずっと東京に住んだが、関西出身であり今でも頑固に関西弁で喋った。 体は細身で、その目も細く、いつも黒淵の眼鏡を掛け、喋る時にはさらに目を細めたので、何を考えているのか…

依子(1)−2

若先生、妙だったね。笑わないで。幸恵は、なんだか不満そうに口を尖らせていた。 丘の上の病院の若先生は、依子の傷口を見て、からかわれたと思ったのかもしれない。 幸恵ちゃん、ごめんね。と言うと、なんでえ?と幸恵はことさらに大きな声で笑った。丘の…

依子(3)−1

吹き上げられた噴煙が火山雷を呼び、その光は富士の裾野の山肌から地上に平行に走っていた。 まるで光る強大な蛇が裾野のあちこしでのた打ち回っているようだ。 なだらかな裾野のせいで火口からの溶岩は大きな赤い海のように広がっていたが、その流れの速度…

依子(2)−1

目白依子の顔は小さく、ちょっと子供のようなふくれたような頬をしていた。年齢は46歳だった。 髪型は、ほとんどの場合ショートボブで、今まで髪の色を染めたこともなかったが髪には白髪らしきものはなかった。 目は茶色で、光が反射すると、たまに緑色に…

依子(1)−1

依子が襖を開けると、そこには、大きな三毛猫を両手に抱いた男の子が立っていた。 男の子も、猫も、目を丸くして血で染まった依子の右手に釘受けになった。 その背後から、まぁ!と大きな声が響くと、声の主がバタバと階段を駆け上がってきた。 やはり叔母の…

依子(3)

頭上には、まばらに星が見えた。足元には漆黒の闇が広がっていた。私は星に向かって落下している。そんな考えたと同時に、世界が反転した。訓練された体が勝手に反応し、両脇にあるレバーを強く押さえつけていた。 次の瞬間、強烈に地面にたたきつけられたよ…

依子(1)(2)

依子(1)目がさめると、天井には竹竿のようなものがいくつもかかっていた。 なんて広い天井か。 依子は布団の中で目が覚めた。 体を起こそうとして、自分の上半身が思ったように動かないので、 あらためて手で布団をめくると 自分が浴衣を着ていることが分…

(はじまりの地)

僕たちが通ったジェルソの坂は、草むらの空き地に続いていた。 そこでぼくは、なんだかかっこをつけて煙草を吸っていたような気がする。依子は、約束した時間通りに、夕暮れちかくに現れた。 背の高い草の茎を引き抜きながら。 原っぱの向こうには中央線の電…

「映画女優・ねじ巻依子の冒険」

大地の脈拍が大きく歪んだかと思うと 葡萄の魔王の大きな笑い声が聞こえた気がした。 [まようことはない]と葡萄の魔王が囁いた。 やつの姿は、 まるで古代の鴉のよう丘の葡萄畑を覆う影は、まるで夜の羽のようだ その時、なぜかおれは 三人であの坂を下って…