依子(3)−1

吹き上げられた噴煙が火山雷を呼び、その光は富士の裾野の山肌から地上に平行に走っていた。
まるで光る強大な蛇が裾野のあちこしでのた打ち回っているようだ。
なだらかな裾野のせいで火口からの溶岩は大きな赤い海のように広がっていたが、その流れの速度は遅いので、
溶岩が溜り、火砕流を引き起こすよりはずっとましなのだった。
7人の行軍は、誘導灯が切れた後もしばらく続いたが、やがで目的地である建物が見えてきた。
陸上自衛隊駒門駐屯地は、火山灰に覆われて、彼ら前にはまるで掘り起こされたばかりの遺跡のように見えた。
遠目からはどごからどこまでが敷地内なのかも判断できなかった。
古い学校のような庁舎の背後に建てられた、ドーム型の巨大な施設は、そのままの形を保っているように見えた。
先頭を歩いていた副隊長が足をとめた。
ブレインストームを装着せよ。呼吸具を誤って外して灰を吸い込まないように気をつけろ。
上官の声に従って、七人の隊員たちは背負った装備から布製の帽子のようなものを取り出した。
ヘッドセットを外して頭に被ると、その上からまたヘッドセットをつける。
最後に錠剤を取り出すと、呼吸具をわづかにずらして口に含んだ。
錠剤は舌の上で炭酸の泡のようにはじけた。
依子は、後頭部からじんわりと温かくなるような感覚を覚えた。
愉快な感覚ではなかったが、何度も経験した感覚だったので、どこかほっとしている自分が妙だった。
これだけ非日常な風景の中にいると、ブレインストームが小雨のように感じるのだ。
暗証番号を入力してください、と、これはヘッドセットからのアナライザからの声だった。
依子はいつものように頭の中に白いノートを想像した。
その想像上のノートに、8桁の番号を頭の中で描きこむ。
「2023、04・・・」
暗証番号を確認中です。ヘッドセットを通した声の後、
頭の中に、いつもの声が響いた。

「おはよう、依子。グレープシティにようこそ」

アナライザの声が、ぐっと紳士的に頭の中に響いた。
それは奇妙な符牒だったが、デフォルト設定をを変更していないためだ。

つづいて、ざわざわと七人の隊員たちの声が頭の中に響いてきた。
それらの声は、実物の声の周波数とほとんど同じように調整されている。

最後に
「静かにしろ」と上官の声で、
頭の中が静かになった。
「おしゃべりのための装備ではない」

頭に張り付いた超伝導量子干渉素子が、脳から発生する磁界を検出し、ポッドと人工衛星を経由して、ペンタゴンの地下5階にある巨大な集合サーバ(グレープシティ)に解析させた結果成立している脳内対話だった。
確かに、おしゃべりのための装備ではなかった。