memo

ジョン・フォン・ノイマン本 購入一覧

依子(3)戦闘(1)

祖父が車窓から谷底を見下ろしている。「おじいちゃんは、"たいさ"、と呼ばれていたの。」 幼い頃の、舌足らずの私の声が響く。私はベルファウストを出てダブリンに向かう北アイルランド鉄道の電車の中にいる。大好きな祖父と旅をしている。20世紀末に生ま…

依子(1)大富豪の鼠(2)

依子は震えながら、布団の脇に置かれた白い箱に手を伸ばした。ーーーーーーーーーー 窓が開いている? いつの間に。 冷え切った夜の空気が部屋の中を動き回っているのがわかる。 明日の洋服はまだ洗濯籠の中のはずだったし、後は従妹の幸恵から借りた寝間着…

依子(1)大富豪の鼠(1)

依子はまた暗闇の中で目を開いてしまった。何度目だろう。どうしても眠れない。 枕元の目覚まし時計の蛍光で塗られた針はもう2時を回っていた。 明日にはこの幸恵の家を立ち、母の待つ立川の実家に帰る予定だった。東京行の特急は、甲府駅を昼過ぎに立つ予…

依子(2)脱出(2)

そんなふうに柏木和美の言葉を頭の中で反芻しながら、 頭に被せられた超伝導量子干渉計の感触は依子がかつて「塔」の中で被った「ブレインストーム端末」を嫌でも思い出させた。 その装置は、確か英樹がそう名付けた。SF映画に出てきた小道具の名前のはず…

依子(2)脱出(1)

目白依子が目を覚ますとまず珈琲の匂いがした。 コトコトとお湯が沸いている音もする。 女性の鼻歌を聞いたような気がして頭を上にあげると自分の頭を囲っている超伝導量子干渉計の縁から、たくさんのケーブルが蜘蛛の巣を頭から被ったように伸びているのが…

塔に入る(覚書)

甲府市内のカメラ屋で現像から上がってきたフィルムを受け取った。 そしてそのまま甲府駅にジープで乗り付けると、駅間のデパートの前に依子がいた。 依子は駅前のロータリーで片手を上げて合図を送ってきた。 朝の10時をまわったばかりだったが夏の日差し…

キャスティング(11)

前日から徹夜で仕上げた僕の労作も含めて、英樹がまとめた映画のスクリプトは、結局、3つのパートに別れたものとなった。 1本目はねじ巻人形が人間界に入るまでのファンタジーだ。 2本目は人間となったねじ巻人形が、その村で起こる事件に巻き込まれる。 …

キャスティング(10)

うっかりすると、何が事実で、どこからが物語なのか、区別がつかなくなるような話だった。英樹は要領よくぼくに補足説明してくれた。エイダ・ラブレスは、実在した女性で、バイロン男爵こと19世紀の詩人ジョージ・ゴードン・バイロンの実の娘だった。そし…

キャスティング(9)

そんなわけで、かなり打ちひしがれて、ようやく機織工場に戻った時には、廊下に沿って干された「鯉のぼり」が僕を出迎えてくれた。鯉というより役目を終えて水面に漂っているオスの鮭のようだったが。 女子どもに、こんな風にされるのは君だけじゃないのさ、…

キャスティング(8)

緒方里美を連れてきた佐藤一馬の車は、彼女を下ろすと、すぐに走り去っていったようだ。車をどこかに停めてくるためなのか、ただ彼女を送り届けただけで帰ったのか、それとも佐藤一馬の実家はこの近くで一旦引き上げただけなのか。詳しいことは分からない。…

キャスティング(7)

僕が借りた風呂場は、矢島家の玄関脇にある農機具を収納している倉屋の裏庭側に、トタン板に囲われて備え付けられていた。農作業の後でそこで汗を流す為に家族で古い風呂桶を運んで据え付けたらしい。それで「離れのお風呂」と矢島幸恵はそんな風にそこを呼…

キャスティング(6)

なぜ、僕は目白依子にこれほどまでの恨みを買わなければならないのか。意識的に目白依子が僕に対して攻撃的であることは、もはや明らかのように思われた。最初にあった時に頬にくらった強烈な平手打ちからして、今思い返してみれば確実に狙い澄ました一発だ…

キャスティング(5)

我にかえった時には、僕はタライに一杯の中性洗剤溶液にしゃがみ込んでいた。背後のタライの中に尻もちをついたらしい。おまけに頭からかけられた水のせいで全身ぐっしょりだった。タライの中で、ホースからの水が止まったのが僕の尻の辺りの感触で分かった…

キャスティング(4)

「映画の制作から最も縁遠いものが学校行事を仕切る生徒会だ。」と僕は英樹に小声で告げた。「それと鯉のぼりの洗濯も、だ。」いずれ奴らにかかれば全てが予定調和的に進行していき、ほとんどコントロールが出来ないまま僕らの映画はただの学内イベントの具…

キャスティング(3)

矢島幸恵は深緑色のロングスカートのポケットから一枚の紙を取り出した。それは4つに折られた原稿用紙で、彼女は丁寧にそれを広げた。そして声を出して読み上げた。1.県立甲府南高校は今年4月で創立100周年を迎えた。2.ついては今年度の文化祭(1…

キャスティング(2)

矢島幸恵は機織工場の前で待っていた。目白依子と並んで立っていた。目白依子は、大きなマスクをしていた。僕たち2人が少し足を早めて近寄ると、矢島幸恵は僕たちに向かって一つうなづくと、「ちょっと、困ったことになった。」と言った。背中を向けて機織…

キャスティング(1)

窓から差し込む朝日が顔を照り付けて目が覚めた。いつの間にか眠ってしまったようだ。机の上は散乱したノートやレポート用紙の切れ端で埋まっていた。自分の頭が載っていたと思しき部分がくしゃくしゃになっていた。妙な夢を見ていた。時計を見ると、もう9時…

シナリオ作成(17)

僕は丘の頂のなだらかな平野を、崩壊した建物跡を横目に、さらにその奥へと進んだ。丘の裏側は、甲府市街に背を向けて、深い森へ、上日川峠へ向いている。その彼方には大菩薩峠があり、それからさらに先は奥秩父へと続く森林地帯だ。「葡萄畑」があるとした…

シナリオ作成(16)

建物の門前をライターの明りで照らしてみると「日川診療所」という看板が掛っていた。その周りも黒く焦げて文字を判読するのもやっとだった。「ヒカワ診療所、ヒカワ・・・」ライターで照らされた文字を、そう言葉にして呟いてみると、ふと何か記憶の底から…

シナリオ作成(15)

変な女。一言でいえば、それが目白依子に対する僕の印象だった。僕はやがてお祭りの賑わいから離れて、人気の途絶えた街灯もない田舎の夜道を、駅へと戻りながら目白依子との会話を頭の中で反芻していた。 結局「作家」と言うのは「あんなふう」なものなのだ…

シナリオ作成(14)

「書きません」と目白依子は答えた。「その必要はもうありませんから」と。その眼はなんだか怒っているように僕の手元を睨みつけていた。その視線に気づいてそれで漸く僕は自分が無意識のうちに煙草を取り出して火をつけているこに気づいた。マズイ。僕は吸…

シナリオ作成(13)

突然、また強い夜風が吹きつけて「巨大迷路」の壁面沿いに並んだ提灯を一度に揺らした。初夏とはいえ暦の上ではまだ5月だった。峠からの吹き下ろしの風。それがこの土地の熱をすっかり奪い取っていく。冷気が通り過ぎると、目白依子は、隣で足を組んで、ポ…

シナリオ作成(12)

「ひとりなんですか。」「そちらも?」「英樹は、 栗本はもう帰りました。 その隣は空いてるのかな?」「ああ、大丈夫。 どうぞ。 子供たちと、幸ちゃん、 矢島さんはその迷路の中です。まだ。」「迷路の中か。 」 「そうだ。 小説を読ませていただきました…

シナリオ作成(11)

栗本英樹と別れた後、勝沼駅へと続く坂道を登りながら祭囃子が聞こえたような気がして僕は振り返った。今や夜の帳が山々を覆い、黒く塗りつぶされた町の中に、そこだけぽっかりと浮かぶ灯りが見えた。灯りの中に鳥居の幾何学的な影が見えた。祭りの中心にな…

シナリオ作成(10)

「栗本君はお祭りに行かないの?」そう尋ねられることを予想して、彼は一体何通りの答え方を用意していたんだろうと僕は考えた。「栗本興業」は毎年のように地元はもとより、甲府市内のお祭りに出し物を出していた。「栗本興業」の出し物はお祭りの盛んな地…

シナリオ作成(9)

僕のそんな感想にもなっていないような感想を聞くと、英樹はまるで予想通りの結果が出たので興味を無くした科学者のような顔をして上の空のようにぼんやりと考え込みながら1つうなずいた。まるで別の惑星で書かれた昔話のような不思議な感じだね。小説のよ…

シナリオ作成(8)

プログラム言語?僕はもう一度原稿を覗き込んだ。目白依子が書いた「魔王の呪文」を。そうだとしても専門知識のない僕には中途半端な英文と数式を組み合わせた文字の羅列にしか見えなかった。まぁ、もっとも「物語の仕掛け」として、魔王の呪文が「プログラ…

シナリオ作成(7)

「物語」は巨大な火山が噴火し溶岩を吹きだす火口付近に、星空から7つの光が落ちて着地する描写が続いていた。"前方の視界全面を覆い尽くしている黒い山からは、血の筋のようなマグマが流れ出していた。「まるであれは魔の山のように見える。地獄の火の山と…

シナリオ作成(6)

僕たちが目白依子の原稿を読みふけっていると硝子戸の廊下側に小さな影がちょろちょろと動きまりはじめた。そっと戸をあけると、その影の正体は、やはり先ほど追い出された子鼠の頭領のようだ。"山椒魚の兄"から「リュウゾウ」と呼ばれていた男の子だった。…