2017-01-01から1年間の記事一覧

キャスティング(10)

うっかりすると、何が事実で、どこからが物語なのか、区別がつかなくなるような話だった。英樹は要領よくぼくに補足説明してくれた。エイダ・ラブレスは、実在した女性で、バイロン男爵こと19世紀の詩人ジョージ・ゴードン・バイロンの実の娘だった。そし…

キャスティング(9)

そんなわけで、かなり打ちひしがれて、ようやく機織工場に戻った時には、廊下に沿って干された「鯉のぼり」が僕を出迎えてくれた。鯉というより役目を終えて水面に漂っているオスの鮭のようだったが。 女子どもに、こんな風にされるのは君だけじゃないのさ、…

キャスティング(8)

緒方里美を連れてきた佐藤一馬の車は、彼女を下ろすと、すぐに走り去っていったようだ。車をどこかに停めてくるためなのか、ただ彼女を送り届けただけで帰ったのか、それとも佐藤一馬の実家はこの近くで一旦引き上げただけなのか。詳しいことは分からない。…

キャスティング(7)

僕が借りた風呂場は、矢島家の玄関脇にある農機具を収納している倉屋の裏庭側に、トタン板に囲われて備え付けられていた。農作業の後でそこで汗を流す為に家族で古い風呂桶を運んで据え付けたらしい。それで「離れのお風呂」と矢島幸恵はそんな風にそこを呼…

キャスティング(6)

なぜ、僕は目白依子にこれほどまでの恨みを買わなければならないのか。意識的に目白依子が僕に対して攻撃的であることは、もはや明らかのように思われた。最初にあった時に頬にくらった強烈な平手打ちからして、今思い返してみれば確実に狙い澄ました一発だ…

キャスティング(5)

我にかえった時には、僕はタライに一杯の中性洗剤溶液にしゃがみ込んでいた。背後のタライの中に尻もちをついたらしい。おまけに頭からかけられた水のせいで全身ぐっしょりだった。タライの中で、ホースからの水が止まったのが僕の尻の辺りの感触で分かった…

キャスティング(4)

「映画の制作から最も縁遠いものが学校行事を仕切る生徒会だ。」と僕は英樹に小声で告げた。「それと鯉のぼりの洗濯も、だ。」いずれ奴らにかかれば全てが予定調和的に進行していき、ほとんどコントロールが出来ないまま僕らの映画はただの学内イベントの具…

キャスティング(3)

矢島幸恵は深緑色のロングスカートのポケットから一枚の紙を取り出した。それは4つに折られた原稿用紙で、彼女は丁寧にそれを広げた。そして声を出して読み上げた。1.県立甲府南高校は今年4月で創立100周年を迎えた。2.ついては今年度の文化祭(1…

キャスティング(2)

矢島幸恵は機織工場の前で待っていた。目白依子と並んで立っていた。目白依子は、大きなマスクをしていた。僕たち2人が少し足を早めて近寄ると、矢島幸恵は僕たちに向かって一つうなづくと、「ちょっと、困ったことになった。」と言った。背中を向けて機織…