依子(2)−2 +ねじ巻依子略歴

白石探偵事務所の所長は白石義男と言う名前だった。
55歳だった。
大学時代からずっと東京に住んだが、関西出身であり今でも頑固に関西弁で喋った。
体は細身で、その目も細く、いつも黒淵の眼鏡を掛け、喋る時にはさらに目を細めたので、何を考えているのか読み取れない。
額が大きく張り出すほど禿げていたが、薄い軟かい頭髪が馬の尻尾のように頭に残っていた。
持倉と二人で関西弁で喋ると、まるで掛け合い漫才のような調子になったが、本人たちはしごく真面目な様子だった。
白石は、目を閉じて腕を組み、目白依子と持倉を前に事務所のテーブルに座っていた。
依子がメモを広げた。

持倉が報告をはじめた。

さて、盗まれた「ねじ巻依子」の最初の主演映画は、
首都圏タウン情報誌とATG、日本アートシアターギルドとの共同出資で製作されています。
1982年製作。映画の題名「ねじ巻依子の冒険」。
これは、当時、まだ高校生だった高間真一が8ミリで作った映画でしたが、
情報誌で一般公募された学生映画グランプリを受賞。
その後、35ミリで劇場版として再映画化されたものです。
監督は同じ高間真一。
学生監督やね。
この当時、こういうのが流行ったんですね。
スピルバーグみたいに日本でも若い奴に映画作らしたろ、と。
独立系製作会社が1000万程度の低予算で映画を製作するという形式です。

主演の、本名(当時)川本紀子は、映画の中で、「ねじ巻依子」という名前の少女、というか「人形」を演じています。

映画のストーリーも調べました。

ストーリーです。

捨てられた「人形」の「ねじ巻」が、魔王によって命を受ける。
彼女が人間になるためには、24時間以内に、彼女の身代わりに人形になってくれる人間をさがさなければならない。
だが当然見つからない。
おまけに「ねじ巻」の過去を知る、「大富豪の鼠」がなにかと彼女の邪魔をする。
彼女は、最後に、森に住む盲目の孤独な老人に会います。
この老人はすっかり「ねじ巻」の身上に同情し、先の短い人生を彼女のために捧げる覚悟を決める。
しかし最後の1時間に、別れた娘、実はこれは鼠の手下なんですが、「依子」に会った老人は、わが身を捧げる決心が鈍る。
「ねじ巻」は、つい、地下の国へ娘「依子」をさらってしまう。
老人は、娘の命と引き換えに人形になるため滝から飛び込む。
「ねじ巻」は人間になるチャンスが与えられるが、後悔し時間を戻すんですな。
ここで、「ねじ巻き」とは時間を戻す能力の意味であることが分かる。
老人は生き返り、地下から娘「依子」を連れて無事に助かる。
「ねじ巻き」はあきらめて去ろうとする。
しかし娘(鼠の手先)は老人を食べようとする。
でも実は、この老人は魔王だった。
大富豪の「鼠」は、化石に変えられる。
「ねじ巻」が森を出ると、人間「ねじ巻依子」になり、彼女の前には葡萄畑が広がっていた。

まあ、ざっとこんな感じの。
ファンタジーですわな。
ところが、です。
映画に出てくる悪役の鼠が実物の栗本グループ総裁の栗本米蔵をモデルにしている、ということで名誉棄損で訴えられる。
栗本米蔵ですが、まあ山梨の勝沼町を拠点とする地方の名士みたいな人物ですな。
大手酒造メーカに葡萄の農場を売りさばいて財をなし、この地方では名を知られた人物らしい。
当時自民党幹部だった同県出身の国会議員とのパイプも有名なようです。
映画製作スタッフはまるっきりそちら方面に疎くて、ちいいとも気付かなかった、という話です。
「大富豪の鼠」の人間名ちゅうんですか、それもズバリ、そのまま「栗本米蔵」、
その住んでる大富豪の屋敷も「栗本米蔵」のものに、そっくりにセットで作ったらしい。
裁判の結果、製作会社側が敗訴。
一般公開は禁止。
監督の高間はこれ1本以降、作品は発表していません。

しかし、主演女優ねじ巻依子のほうは、芸名を最初の主演映画の役名の「ねじ巻依子」のまま、芸能活動を継続。
かえって名前を売る宣伝になった訳や。
マイナー系の映画に主演で、正式公開されていたら逆にその後にあまり売れへんかったかもわからんですね。
わからんもんや。
その後、映画の製作会社は1992年に活動を停止。
この時に、ねじ巻依子は映画のフィルムを買い上げて、自宅に保管していました。
同じ年に、映画監督の高間真一と結婚してます。
この買い取ったフィルムがいつの間にやら盗まれていた、という訳ですわ。
あの高間って男、元映画監督の高間真一やったんか。てっきり今時召使いかい、と思うたのになぁ。よっぽど苦労したんか。まだ私らと変わらん年なのに、いやに老けこんでましたね。妙な面談でしたな。
芝居がかって、サンセット大通りみたいな。
今朝、高間から調査費用の振り込みがありました。
調査はじめますか?
白石は、依子のメモをふいに覗きこんだ。
そこには、ねじ巻依子の略歴がメモされていた。
高間から指定された調査条件は、3日単位で調査報告のみ、だった。
もちろん成功報酬も提示されている。

どうする?

やります、と目白依子は短く答えた。

わかった。ええやろ。

                                                            • -

「ねじ巻依子」

本名   高間紀子(旧姓:川本)
生年月日 1965年6月7日
本籍地  日本・東京都昭島市宮沢町
現住所  東京都 江東区 有明
血液型  A
職業   女優

東京都立拝島東高等学校卒
山梨県立都留文化大学中退
夫は映画監督:高間真一。
子供はなし。

1982年 映画「ねじ巻依子の冒険」に主演(17歳)
    監督 高間真一
    映画「ねじ巻依子の冒険」名誉棄損で上映禁止。 
    以降、芸名を「ねじ巻依子」として活動。
1992年 フィルムを入手。
    高間真一と結婚
1998年 癌が見付かり、治療。
    芸能活動継続。
2003年 から治療に専念
2005年 芸能活動復帰
2009年 吐血し入院
2010年 癌が再発、転移
2012年 4月20日死亡。47歳没。