2021-01-01から1年間の記事一覧

依子(3)戦闘(1)

祖父が車窓から谷底を見下ろしている。「おじいちゃんは、"たいさ"、と呼ばれていたの。」 幼い頃の、舌足らずの私の声が響く。私はベルファウストを出てダブリンに向かう北アイルランド鉄道の電車の中にいる。大好きな祖父と旅をしている。20世紀末に生ま…

依子(1)大富豪の鼠(2)

依子は震えながら、布団の脇に置かれた白い箱に手を伸ばした。ーーーーーーーーーー 窓が開いている? いつの間に。 冷え切った夜の空気が部屋の中を動き回っているのがわかる。 明日の洋服はまだ洗濯籠の中のはずだったし、後は従妹の幸恵から借りた寝間着…

依子(1)大富豪の鼠(1)

依子はまた暗闇の中で目を開いてしまった。何度目だろう。どうしても眠れない。 枕元の目覚まし時計の蛍光で塗られた針はもう2時を回っていた。 明日にはこの幸恵の家を立ち、母の待つ立川の実家に帰る予定だった。東京行の特急は、甲府駅を昼過ぎに立つ予…

依子(2)脱出(2)

そんなふうに柏木和美の言葉を頭の中で反芻しながら、 頭に被せられた超伝導量子干渉計の感触は依子がかつて「塔」の中で被った「ブレインストーム端末」を嫌でも思い出させた。 その装置は、確か英樹がそう名付けた。SF映画に出てきた小道具の名前のはず…

依子(2)脱出(1)

目白依子が目を覚ますとまず珈琲の匂いがした。 コトコトとお湯が沸いている音もする。 女性の鼻歌を聞いたような気がして頭を上にあげると自分の頭を囲っている超伝導量子干渉計の縁から、たくさんのケーブルが蜘蛛の巣を頭から被ったように伸びているのが…

塔に入る(覚書)

甲府市内のカメラ屋で現像から上がってきたフィルムを受け取った。 そしてそのまま甲府駅にジープで乗り付けると、駅間のデパートの前に依子がいた。 依子は駅前のロータリーで片手を上げて合図を送ってきた。 朝の10時をまわったばかりだったが夏の日差し…