2016-01-01から1年間の記事一覧

キャスティング(1)

窓から差し込む朝日が顔を照り付けて目が覚めた。いつの間にか眠ってしまったようだ。机の上は散乱したノートやレポート用紙の切れ端で埋まっていた。自分の頭が載っていたと思しき部分がくしゃくしゃになっていた。妙な夢を見ていた。時計を見ると、もう9時…

シナリオ作成(17)

僕は丘の頂のなだらかな平野を、崩壊した建物跡を横目に、さらにその奥へと進んだ。丘の裏側は、甲府市街に背を向けて、深い森へ、上日川峠へ向いている。その彼方には大菩薩峠があり、それからさらに先は奥秩父へと続く森林地帯だ。「葡萄畑」があるとした…

シナリオ作成(16)

建物の門前をライターの明りで照らしてみると「日川診療所」という看板が掛っていた。その周りも黒く焦げて文字を判読するのもやっとだった。「ヒカワ診療所、ヒカワ・・・」ライターで照らされた文字を、そう言葉にして呟いてみると、ふと何か記憶の底から…

シナリオ作成(15)

変な女。一言でいえば、それが目白依子に対する僕の印象だった。僕はやがてお祭りの賑わいから離れて、人気の途絶えた街灯もない田舎の夜道を、駅へと戻りながら目白依子との会話を頭の中で反芻していた。 結局「作家」と言うのは「あんなふう」なものなのだ…

シナリオ作成(14)

「書きません」と目白依子は答えた。「その必要はもうありませんから」と。その眼はなんだか怒っているように僕の手元を睨みつけていた。その視線に気づいてそれで漸く僕は自分が無意識のうちに煙草を取り出して火をつけているこに気づいた。マズイ。僕は吸…

シナリオ作成(13)

突然、また強い夜風が吹きつけて「巨大迷路」の壁面沿いに並んだ提灯を一度に揺らした。初夏とはいえ暦の上ではまだ5月だった。峠からの吹き下ろしの風。それがこの土地の熱をすっかり奪い取っていく。冷気が通り過ぎると、目白依子は、隣で足を組んで、ポ…

シナリオ作成(12)

「ひとりなんですか。」「そちらも?」「英樹は、 栗本はもう帰りました。 その隣は空いてるのかな?」「ああ、大丈夫。 どうぞ。 子供たちと、幸ちゃん、 矢島さんはその迷路の中です。まだ。」「迷路の中か。 」 「そうだ。 小説を読ませていただきました…

シナリオ作成(11)

栗本英樹と別れた後、勝沼駅へと続く坂道を登りながら祭囃子が聞こえたような気がして僕は振り返った。今や夜の帳が山々を覆い、黒く塗りつぶされた町の中に、そこだけぽっかりと浮かぶ灯りが見えた。灯りの中に鳥居の幾何学的な影が見えた。祭りの中心にな…

シナリオ作成(10)

「栗本君はお祭りに行かないの?」そう尋ねられることを予想して、彼は一体何通りの答え方を用意していたんだろうと僕は考えた。「栗本興業」は毎年のように地元はもとより、甲府市内のお祭りに出し物を出していた。「栗本興業」の出し物はお祭りの盛んな地…

シナリオ作成(9)

僕のそんな感想にもなっていないような感想を聞くと、英樹はまるで予想通りの結果が出たので興味を無くした科学者のような顔をして上の空のようにぼんやりと考え込みながら1つうなずいた。まるで別の惑星で書かれた昔話のような不思議な感じだね。小説のよ…

シナリオ作成(8)

プログラム言語?僕はもう一度原稿を覗き込んだ。目白依子が書いた「魔王の呪文」を。そうだとしても専門知識のない僕には中途半端な英文と数式を組み合わせた文字の羅列にしか見えなかった。まぁ、もっとも「物語の仕掛け」として、魔王の呪文が「プログラ…

シナリオ作成(7)

「物語」は巨大な火山が噴火し溶岩を吹きだす火口付近に、星空から7つの光が落ちて着地する描写が続いていた。"前方の視界全面を覆い尽くしている黒い山からは、血の筋のようなマグマが流れ出していた。「まるであれは魔の山のように見える。地獄の火の山と…

シナリオ作成(6)

僕たちが目白依子の原稿を読みふけっていると硝子戸の廊下側に小さな影がちょろちょろと動きまりはじめた。そっと戸をあけると、その影の正体は、やはり先ほど追い出された子鼠の頭領のようだ。"山椒魚の兄"から「リュウゾウ」と呼ばれていた男の子だった。…

シナリオ作成(5)

”水晶の塔がその姿を現した。それは星にまで届かせようとして、伸ばした触角のように今まさに天を突き上げた。”塔の根の門が開けば、そこには影絵のようにゆらゆら揺れながら何かが奥からやって来たが、やがて固まったひとつの形となった。それは大きなマン…

映画の製作(2) シナリオ作成(4)

その廊下の右側のガラス戸が1つ横に開くと、中から大きなビニール袋を抱えた目白依子が出てきた。透明なビニール袋の中には色とりどりのスナック菓子の袋が押し込まれていた。目白依子は、僕達を先導していた矢島幸恵に目で合図すると、僕達の脇を抜け、パ…

映画の製作(2) シナリオ作成(3)

「きみ、栗本さんところの息子さんなんですってね。」"山椒魚"から"矢島幸恵の兄"となった彼はそう言うと、両手にかかえているゲーム機を先頭に出てきた男の子に放った。「そら!、隆三、続きは家のほうで遊びな。」それをキャッチした子供達はまた「わっ」…

映画の製作(2) シナリオ作成(2)

この季節にどこかでお祭りをやっているようだ。 すると遠くに聞こえる祭囃子に急き立てられるかのように彼女達の歩調が早まった。それは祭りに急ぐようでも、祭りから逃げているようにも思えた。 その日訪れた矢島幸恵の家は僕には新鮮な驚きに溢れていた。…

映画の製作(2) シナリオ作成(1)

その頃、つまり高校三年の春、僕の家族は勝沼町からは笛吹川という名前の大きな川を越えた西側の町に住んでいた。 田舎町ではそんな風に1つ川を越えると、まるで別世界のようにそれぞれの生活圏が別れたものだ。 それで僕には同じ町に育ったはずの栗本英樹…

映画の製作(1) 原作交渉(2)

僕たちが注文したコーヒーが運ばれてきてテーブルに置かれた。 2人の女の子は前から置かれていたレモンスカッシュをストローで一口飲んだ。その少し間が空いた後、「高間君、ヨリちゃんが書いたあの話は私も読んでいる。」そう言ったのは矢島幸恵だった。「…

映画の製作(1) 原作交渉(1)

パスケースの生徒手帳の学校名には「立川高校」とあった。定期は「国立〜立川」間だった。「目白」という性はこちらでは聞きなじみがなかったから、地元出身ではないのだろうとは思ってはいた。同級生を装いその手帳に記載された自宅に電話してみると、落ち…

高間真一(4)

物語の題名は「ねじ巻人形の冒険」と書かれていた。"天上には銀色の影をした結び目が保管されていてそれが解かれると天界が回転を始めた。" そんな文章で物語は始まっていた。"次に鼠たちが騒ぎはじめた。水晶の塔に黄泉の影があらわれた。ねじ巻人形を連れ…

高間真一(3)

あの日のことは今でも良く覚えている。僕と英樹は、5月の連休を利用して映画で撮りたい風景を探し歩いて、しかし大した収穫もなくいつもの坂道に戻ってきた所だった。坂道から脇に外れた菜の花が咲いているなだらかな斜面に寝転んでいた。僕たちは自分達の…

高間真一(2)

僕と英樹2人の共通の趣味と言えば「映画」だった。 結局2人ともそれだけ孤独だったんだろう。映画は1人でも楽しむことが出来る。僕たちが高校生だった頃、甲府の名画座では「明日に向かって撃て!」だとか「マッシュ」それに「時計仕掛けのオレンジ」をや…

高間真一(1)

あれはまるで葡萄の魔王ね、と、依子が言った。葡萄の魔王で,名前はサミュエル、アダムが食べた葡萄の木を植えたのよ。目的の谷底まで来ると、もう月明かりさえ届かない暗闇で、ぼくたちは用意していた懐中電灯で獣道をすすんだ。そして、その場所についた…