キャスティング(7)

僕が借りた風呂場は、矢島家の玄関脇にある農機具を収納している倉屋の裏庭側に、トタン板に囲われて備え付けられていた。

農作業の後でそこで汗を流す為に家族で古い風呂桶を運んで据え付けたらしい。

それで「離れのお風呂」と矢島幸恵はそんな風にそこを呼んだ。

屋根は波打った形のビニール板で簡単にしつらえていて、つなぎ目部分は破れ、そこからまだ陽が高い青空が見えた。

西部劇に出てくるような半屋外の風呂場だ。気分は荒野のガンマンと言ったところだ。

テンガロンハットを被ったまま湯につかり葉巻きでも吸いたい気分になってきた。

その裏庭を囲むように登る坂道を、今、軽自動車が1台通り過ぎたかと思うとスピードを落とし矢島家の正面へ廻っていった。

矢島家の車ではない。矢島家の車は軽トラだったはずだ。

やがてクラクションが1つなると車のドアが開閉する音が続いた。合図と同時に誰かが降りてきたのだろう。

「あら、サトミちゃん」と続いて表のほうで矢島幸恵の声が聞こえた。「まあ。カズマの車で来たのね。」

耳をすましていると「サトミちゃん!」と今度は目白依子の声も聞こえた。

どうやら知り合いの女の子がまた一人増えたらしかった。

そんなわけで表玄関では久しぶり再会のあいさつを交わす3人の声がしばらく飛び交っているようだ。

なにかイヤな予感がした。

ここは用心しなければならない。

自分がいつまでも裸でいるのはなんだか無防備だと思い、風呂からあがり、狭い脱衣場で、だぼだぼのシャッツと、やはりだぼだぼのステテコを身に付けた。どうやら矢島幸恵の兄のものらしい。

そうして、まるで夕涼みに現れた隠居老人のような、気が抜けたかっこうになると僕はこそこそと工場へ移動を開始した。

しかしその「離れの風呂場」から機織工場へ移るには母屋の表側に面した庭先を横切らなければならない。

ここから裏庭を抜けて行ったほうが、鉢合わせせずに機織工場へ移動できそうだ。

僕はステテコ姿のまま母屋の影にまたこそこそと身を隠した。

(いったい僕は何をやっているのか。)


「サトミちゃん」と呼ばれた訪問者は、緒方里美と言う名の、矢島幸恵が部長を務める女子バスケ部の仲間に違いなかった。

そうすると「カズマ」と呼ばれたのは、男子バスケ部部長で運動部代表の生徒会委員も務める佐藤一馬という名の同級生の男だろう。

一年の頃からアルバイトを繰り返し部活動とはまるきり縁が無かった僕のような生徒でも、学園祭でミス甲府南高校に選ばれ前夜祭のパレードに駆り出されていた女の子の名前ぐらいは憶えていたわけだ。そしてその公認の仲の彼氏の名前も。