キャスティング(2)

矢島幸恵は機織工場の前で待っていた。

目白依子と並んで立っていた。

目白依子は、大きなマスクをしていた。

僕たち2人が少し足を早めて近寄ると、矢島幸恵は僕たちに向かって一つうなづくと、「ちょっと、困ったことになった。」と言った。

背中を向けて機織工場の入り口のドアを開いた。

まず、大きなマスクをした目白依子がその中へ入っていった。

何か不審な動きだった。

「今朝からウチに何件か電話があった。昨日のお祭りに遊びに来ていた子供たちの母親からの電話よ。」

矢島幸恵は、その鋭い視線で、工場入口へ僕らを追い立てるように一瞥した後で、そう説明を始めた。

僕と秀樹は、とにかく彼女が示した通りに、彼女の脇を通り、目白依子に続いて工場入口へと急いだ。工場の廊下は、薄暗い中に午前の陽光の光の筋が幾本も降りそそいで、その中を舞う埃が虹色に輝いたトンネルを作っていた。

目白依子がその奥に立っていた。

「まあ大筋は昨日のお祭りで、家に呼んで遊んでくれたお礼のようなものだった。でも妙な話を子供たちから聞いた、と母親達が言ってたらしい。」

背後から矢島幸恵の説明が続いていた。

「その電話には母が出たので要領は得ないけど、どうやら子供たちが、今度の夏休みに僕たちは映画に出る、と言っているらしいの。

矢島のお姉ちゃんが作る映画に僕達も出るんだ、と。」

長い溜息のような間が取られた。

「いったい、誰がそんな話を子供たちにしたのかしら?」

そう言う彼女の言葉は、僕の背中を正確に捉えていた。

「電話の母親達は笑い話のように軽い調子でそんな話を私の母にしたらしい。」

「もちろん、その裏には、何か得体のしれない者への注意と用心深さがある。判るでしょう?。」

「要するに、さっそく何が起きているのか、探りを入れてきた、と言う訳よ」

工場の廊下には、大きくて長い着物のような布が敷かれていた。

廊下に沿って広げられた長い布を良く見ると「鱗」のような模様で覆われている。いや、それは「鱗」そのものの絵だった。

マスクをした目白依子がその布を、奥からピンと引くと大きな目玉が現れた。

「鯉のぼり」だった。

廊下の床に這うように広げられたそれは、妙に頼り気がなさそうに板の間から片目で僕くたちを見上げていた。

「これは、ウチのだけど、漸く今朝になって役目を終えた。」と矢島幸恵はしゃがんでマスクをつけた。

確かに週末に入る前は端午の節句だった。その年の5月は5日以降に土日が続く超大型連休だったわけだ。

「兄貴の代から空を泳いできて、御覧の通り、もうボロボロ。おまけに、」

矢島幸恵は僕の背後から、背中越しにその鯉のぼりを眺めながら、ふいに説明を止めた。

「・・・あら、なんか臭うわね。」

目白依子がマスクを差し出した。それは、英樹から、僕、僕から矢島幸恵へと静かにリレーされた。

矢島幸恵は、短く、「サンキュ。」と言いながらマスクをつけた。