塔に入る(覚書)
甲府市内のカメラ屋で現像から上がってきたフィルムを受け取った。
そしてそのまま甲府駅にジープで乗り付けると、駅間のデパートの前に依子がいた。
依子は駅前のロータリーで片手を上げて合図を送ってきた。
朝の10時をまわったばかりだったが夏の日差しだ。また暑い一日になりそうだったけれど、電話で話した通り、依子は長袖のシャツにジーンズだった。
「英樹くんは?」ジープに乗り込みながら依子が訪ねた。
「勝沼の駅で待ってる。」僕は直ぐに車を出すと中央線沿いの国道を周りバイパスへ向かった。
「編集のほうはどう?どんな感じ?」
依子は助手席から僕を覗きこんだ。そう言えば助手席に女の子を乗せるのはこれが初めてだった、と僕はその時になって気づいた。
「まぁ、なるようになるさ。」
依子は話をはぐらかされたので、ふぅん、と少し気分を害したように前を向いた。
だがフルオープンで走るジープの爽快感に負けて直ぐに相好を崩した。
「今日もいい天気になるね。なんだか西部劇の空みたい。」
全くその通りで、空は良く晴れて雲ひとつなかった。車は笛吹川を渡り支流を日川の沿って登る。
勝沼駅で英樹を見つけると、彼は大きなバッグを持て来ていた。
「それは?」
「例の実験用のヘルメットさ。大人用のやつ。とりあえず持って来た。」
「大丈夫なのか?」
「だれが気にするもんか。爺さんも東京だしね。丁度、2つあるんだ。立体映像を試してみるのも悪くない。映写機は現地のやつが動けばいいんだが」
英樹は後部座席にバックを放り込むと、ポケットから折りたたんだ地図を差し出した。「ここだ。」
「3年後にはゴルフコースにするらしい。開発工事がら来年から始まる」
山道を走る。勝沼からトンネルを抜けて塩山に入る。山道を走る。
勝沼から日川渓谷へ。途中にレストラン。日川ダム。
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日川ダムからは徒歩で行くしかなった。そんなところにもまだ田んぼが作られているのは不思議だった。
トンネルを越えると、塩山方向に下る緩やかな山道となる。谷が見えてくると、そこに「それ」があった。
「塔」は巨大なサイロのように谷底に立っていた。
周辺は「塔」を中心に円を描くように整地されていた。
上から見るとまるで 石庭に浮かぶ社のようにも見えた。それでどこか宗教的な雰囲気がした。
「ずいぶんしっかりした作りだ。祭で使う神輿の倉庫か何かじゃないか。」と英樹は言った。
「あれだわ。間違いない.」と依子は言った。「でももっと高い塔だった気がする。」