依子(2) 捜査(14)

ああ「道」ですか。それではジェルソミーナとザンパノか。持倉がぼそりと呟いた。

映画にお詳しいんですね。加瀬の声が驚いたように少しなね上がった。

いやまあ。と持倉が少し照れたように応じる。

昔、その映画をお芝居にアレンジして上演したことがあるんです。先生には、とても特別な思い入れのある映画のようでした。先生と旦那様も、ジュリエッタ・マシーナフェリーニ監督のような関係だったからかしら。

こんな話も先生から聞きました。フェリーニ監督の葬儀が行われた時、ジュリエッタ・マシーナはお葬式の音楽にこの映画の曲を選んで頼んだそうです。そして、半年後のマシーナ自身の死に際しても同様に。
そう言う加瀬の声が少しうるんだ。

その説明を聞きながら、依子は、ふっと手を伸ばしてその写真が収められたパネルを壁から外した。

取り外したパネルを裏返すと、枠の部分に印刷された文字が読み取れた。

「株式会社イマジン 品川支店」と印刷されている。

依子はそれを加瀬に示した。

聞いたことのある名前ですか?

咳払いを一つして、冷静さを保つようにひとつ間をおくと、加瀬もその文字を覗きこんだ。

株式会社イマジン?。いいえ。でもひょっとして、映像関係の会社なら先生の旦那さんのものかも知れません。



3人はその部屋を出ると、持倉が質問者となっていくつか基本的な質問を確認した。

加瀬さんはフィルムが消えたのはいつ頃か覚えていらっしゃいますか。

私が最後にフィルムを見たのは、先生にお芝居の稽古の様子を見せるため、そのベット脇にWEB会議用のPCを運び込んだ時でしたから、昨年の年末。クリスマスの1週間くらい前です。
年が明けて先生から連絡があり、「フィルムが無くなっている」と連絡がありました。1月の中頃だったかしら。

警察に盗難届は出していますよね。

直ぐに出したそうです。そして直ぐに有明湾岸署の刑事さん達も来てくれました。
警察はマンションの警備会社と協力して不審人物を探したそうです。残念ながらそれらしい人物は見つかっていません。まあ、こういったマンションで空き巣のように忍び込むような不審人物がいるとも思えませんけども。
また、警察はオークション等で出品される形跡があるかも調べてくれているそうです。

そうそう、あのフィルムには、昔、保険が掛けられていたそうです。
捜査の時にそんな話をはじめて聞きました。
貴重な絵画なんかと同じような保険だったらしいです。
もちろん、保険契約はとっくに解約されてしまっています。もう10年ぐらい前に。
そして今時は映画のフィルムに保険をかけてくれる保険会社なんていません。
でも10年ぐらい前頃にはまだそんな悠長な事をやってくれる会社もあったんですね。

その保険会社はどこですか?

東洋損害保険だそうです。

おっ、と思わず持倉は声を上げそうになった。
ラッキーだ、と思ったからだ。それは依子が以前勤めていた保険会社だったからだ。
なにかフィルムに関する情報が保険会社に残っていれば入手できるかもしれない。

フィルムが盗まれた時、旦那さんの高間真一さんと、先生との間に変わった様子はありませんでしたか?
どんな些細な点でも構わないのですが。

そうですね。フィルムが盗まれた当時には、2人とも意外と冷静でした。もちろん「そう見えた」というだけで、あまり普段から感情を表に出すような方たちではありまでしたから。ただ・・・

ただ?

これは関係ないかもしれませんが、、、先生は、つい最近の、亡くなる数日前に右手の甲に大きな傷を負ってしまっていました。それもご自身で包帯を巻かれたりして、止血処置をして。

右手の甲側に? 大きな傷ですか。

そう聞きました。「眠っている間に不注意で傷をつけてしまったらしい」と。
でも、そんな傷をつけるような器具はありませんからとても不思議でしたね。

ひょっとして、ご自身で思いつめて、いてもたってもいられなくなって・・・、
ついあの部屋でフィルムを探すようなことをしてらっしゃってつけた傷なのかな、
なんてことを思ったのでよく覚えています。
でも・・・・
その手の甲の傷は不思議なことに直ぐに治ってしまったようです。
すぐに消えてしまいました。
わずか1日ほどで。

先生の甲には、確かに大きな傷跡が残っていましたので、けっこう大きな傷だったのは確かだったのですが、

それも見る見るうちに、すぐに消えてしまいました。

あんな傷は初めて見たわ。

なんだか魔法みたいでした。