依子(2) 捜査(15)
最後に女優の介護をしていた柏木和美の連絡先を聞くと2人の探偵はその部屋を辞した。
帰りのエレベータの中では持倉がため息とともに言った。
映画のフィルムがまだ残っていると思いますか?
闇から闇に処分するのが犯行の目的だとしたら、もうフィルムは残ってないでしょうなあ。簡単な話、フィルムを処分するのならあの部屋の窓から外に投げ捨ててしまえば、それで済むわけですからね。
エレベータの降下表示を見上げながら、ひゅるひゅると風に舞ってこの巨大なタワーマンションの外壁を伝いながら落下していく映画フィルムを持倉は想像した。
持倉の頭の中で、それは6本の細長い蛇のように絡み合いながら、やがてマンションからも離れ海の彼方に消えていった。まるで船が洋上へとすべり出すときに渡された五色のテープのようだ、と持倉は思った。
フェリーニの映画にそんなシーンがあったような気がする。霧の深い海上に恐竜のように突然巨大な客船が姿を現すのだ。
そう、探偵さんのお名前も、依子さんと仰るんですね。
最後に名刺を渡した時、加瀬由香里は目白依子の顔と名刺をかえすがえす眺めながら言った。
前にも言いましたが私は先生があなたと面会される準備を手伝っていました。覚えてらっしゃるでしょうか。私もそちらの様子をカメラで見ていたんです。
あの頃は気圧が不安定な雨の日が続いていて、先生もひどく体が弱っていましたが、どうしても自分の口からあなたに用件を伝えたかったようです。
それで先生は、面会を終えられると、とても安心したような顔をされて。
そして、こんなセリフをうわごとのように言いました。「預言者に姿を現わせと命ずべし」と。
シェイクスピアかなにかかしら。でも調べてみたら旧約聖書の文句のようでしたが。
先生はあの映画のフィルムをあれほど大切にされていたのに、私には先生があの映画を見ていたような覚えが一度もありません。
今更ながら、あの映画には何か大きな秘密があったように思えてなりません。
それも何か怖いような。ひとの何かを狂わせてしまうような秘密が。
ごめんなさい。ちょっとまだ私も先生を亡くしてしまったショックが残っているのね。