依子(2) 捜査(12)

待っていた相手は時間きっかりに現れた。

「オーロラプロダクションの加瀬由香里」と名乗ったその女性は小柄ではあったが聡明そうな茶色の目で相手をまっすぐに見た。
年齢は30代前半と言ったところか。
紺のジャケットに黒いスラックス、そして踵の低い機能的なパンプスを履いていたので依子は実務的で話がしやすいように感じた。
そしてその通りだった。

白石探偵事務所の方ですね。
以前私は、先生がモニター越しにあなた方と会見される時に、こちらで撮影を手伝っていました。
あ、先生というのは、勿論、「ねじ巻依子」のことで・・・。
実は私たちが所属している劇団の主宰者でもありましたので、つい「先生」と呼ぶ癖がついています。
さて、もうお待ちになってらっしゃるでしょうから、さっそく先生の部屋に移動しましょうか。

加瀬は、そう言うと、2人が席を立つのを待って、エレベータホールへ向かった。

劇団というのは? その背中を追いながら依子が尋ねた。

加瀬はエレベータの「30」と書かれたボタンを押すと振り返り、

ご存じないかもしれませんが、先生はタレントとしての活躍の傍らで小さな劇団を結成して、お芝居の活動もしていらしたのです。
劇団の名前は「紙風船」と言います。病状が悪化される10年前にはご自身も出演もされていました。

もっとも舞台の出演時には、TVタレントとして使う「ねじ巻依子」は名乗っておらす、本名の「高間紀子」で活動していましたので、業界の方か、演劇ファンの方でないとあまり知らない話なのかもしれませんが。

エレベータがやってきたので3人は乗り込んだ。

30Fなので直ぐ下なのですが。エレベータでないと歩きまわって少し大変なのです。
どこか手間を抜いた言い訳のように加瀬が説明した。

劇団のほうは、旦那さんの高間真一さんと共同で活動を? 持倉が尋ねる。

いいえ。

そして、加瀬は、なぜ? というふうな顔を持倉に向けたが、

ああ、そう、高間真一さんがかつて映画監督だったことをご存じなのですね? と納得したように呟いた。

仲の良いご夫婦でしたから稽古場での練習時には姿を見せられましたが、旦那さんのほうはそれ以上踏み込んだ活動はされておりませんでした。

真一さんは、舞台のほうには関心がないようでした。

もっとも・・・、一般的に、映画の演出家の方には舞台に無関心な方が多いのです。 

何故でしょうね。

でも役者は違います。役者はむしろ舞台のほうが自分を活かせる世界だと考える者が多いのです。

映画は監督のもの。舞台は役者のもの。

エレベータが止まった。

エレベータを降り、直ぐ近くのドアの前に立ち止まる。

ここが先生のお部屋です。

ドアが開いた。