依子(2) 捜査(11)

ココからアレが、こうして眺められる位置にあるというのは偶然とは思えませんなあ。どう考えるべきでしょうね。持倉が声をひそめてそう言った。

目白依子と持倉は、案内された窓際の席に腰を下ろすと、再び前方の彼方にひときわ抜き出て銀色に輝く「π」のマークを掲げるビルを眺めていた。

栗本重工株式会社の本社ビル。

その掲げられたマークは、正確には「π」ではなく、KURIMOTOの「K」の文字を右90度回転したロゴマークだった。

依子は小さなハンドバックからメモ帳取り出すとプリントアウトされた資料を取り出した。

持倉はその紙きれを手に取り覗きこんだ。

そこには簡単に栗本重工株式会社の社史が記載されていた。


<栗本重工株式会社>

1964年(昭和39年) - 栗本米蔵が前身である栗本産業を山梨県甲府市に創設

・・・

1974年 (昭和49年) - 工作機械用ロボット製造部門を中心に、栗本重工株式会社として正式独立。山梨県忍野村に本社工場を設立

1986年(昭和61年) - 基盤技術研究所設立

2003年(平成15年) - 本社を東京・品川に移転

・・・
さて、今となっては、恨んでいたのは「栗本が高間を」なのか「高間が栗本を」だったのか。なんと30年越しの泥沼の遺恨劇かぁ。
資料をぱらぱらと扇子のように振り仰ぎながら持倉がうなるよう言った。

依子はテーブルの上に運ばれたコップの水を口に含むと、さっき車で見た映画の予告編の事なのですが。ときりだした。
あの主人公の「ねじ巻依子」はまるで最近のホラー・アクション映画に出てくる女スナイパーのようでした。
持倉さんが最初に話してくれたピノキオのようなファンタジーとはずいぶん違う、
あれが本当に、高間真一が撮った映画「ねじ巻依子の冒険」の予告編なのでしょうか。

持倉はその疑問は至極もっともであるという風にしきりにうなずきながら、口に含んだコップの氷をカリカリと噛み砕きながら話しだした。

それもネットで話題になっているところではあるんですよ。30年も前に低予算で作られた邦画とは思えないですよね。

前に所長と依子さんに説明したストーリーは、実は学生映画グランプリを受賞したオリジナルの8ミリ映画のほうなんです。

そもそも劇場版「ねじ巻依子の冒険」のほうは一般には未公開やないですか。
正直、私もその話があそこまで派手な感じのお話とは思ってもみませんでしたね。
まるで、あの予告編から想像するに、劇場公開版は「感染ゾンビ物」みたいだったでしょう。
学生映画グランプリを受賞したオリジナルの8ミリ映画は上映時間も30分程度だった。それでもアマチュア作品では長編の部類になるようですが。
オリジナル作品は、「まるでコクトー美女と野獣のように瑞々しい感受性で溢れた作品」とまで絶賛されてグランプリを受賞した。

さて、これもネット上で広がっていた話なんですが・・・

しかしそのままではいくらなんでも地味すぎて商売にならないと踏んだメジャー系興行配給会社側の圧力に屈する形で、
ゲイジュツ作品に見切りをつけた製作会社側が当時流行りだしたSFホラーの雰囲気を取り入れて、
大幅にエンタティメントに舵を切った、ということのようです。

ネット上でのストーリーの予想解説も最近ではあちこちのブログに出回っています。だいたいこんな感じです。

捨てられた「人形」の「ねじ巻」が、魔王によって命を受ける。
「ねじ巻」が森を出ると、人間「ねじ巻依子」になり、彼女の前には葡萄畑が広がっていた。
ここまではオリジナルの物語ですね。

しかしその葡萄の町では夜な夜な子供たちが魔王の生贄として「品種改良」されていた。
奇妙な怪物に。目的は不明ですがね。
政府側も内密にこの魔界に討伐隊を送り込む。特殊な軍隊です。

しかし村の人々は、悲惨な子供たちを見殺しにも出来ず、かといって魔王にもかなわず・・・・、結局、森にすむ奇妙な力を持った魔女に助けを求める。

どうやらこの魔女が「ねじ巻依子」か?、という訳です。
これが劇場版「ねじ巻依子の冒険」の現時点での公式ストーリーのようですよ。

そうそう、その副題が「水晶の塔」と言うそうです。

あの予告編にも出てきましたがね。

人間を魔物に品種改良する奇妙な魔法の塔が「水晶の塔」と呼ばれるようです。

依子はその予告編のシーンを思い出していた。

電車の窓から外をのぞくと、深い山肌に稲妻が響いている。
水晶の塔が・・・暴走している・・
電車の窓から見える駅の名には、「グレープシティ」と書かれていた。

やれやれ、「水晶の塔は今何処に?」。

われわれも、水晶の塔を探さなければいけませんね。