依子(2) 捜査(24)

通りを曲がり、やがて国道に出ると、まだ早朝だというのに車の数は格段に多くなった。
キャデラックは5台ほど間に挟んでついて来ていた。
品川ナンバーをつけていたが所詮それが本物かどうかも分からない。
依子は他の車にも注意を払っていた。
自分のバイクの前を走る車にも。
キャデラックに比べると平凡な国産車は透明人間のようなものだ。
そちらに本物の捕獲者が隠れているのかも知れなかった。

バイクを急がせることもなく一定速度で走っていると、依子の耳元で、キーン、キーン、と金属が跳ねるような音がヘルメットを通して規則的に響いた。
それは渋滞検知に使われている超音波ビーコンのせいだと分かっていた。
バイクで走ると、直接ビーコンの下を通過するたびに不快な金属音となって耳元に響いてくる。
さっさと光検知型にでも交換してくれればいいのだけれど。
いずれにしろ、このまま高速に乗り、都心を目指せばこの時間からはいつもの朝の高速渋滞になるはずだった。
あの渋滞の中でバイクに追いつくことはどんな車であれ不可能なはずだ。
そうなれば、少なくともこのバイクのおかげで、今日一日ぐらいは自由に動けることになる。

だが明日になれば、何かしら手を打ってくるだろいう。

どのみち今日一日だけなのであれば、その運を試してみるべきなのかもしれない。

彼らはどれだけカードを切る用意があるのだろうか、と考えながら高速入口の案内表示の下を通過した。

その先には、渋滞する高速に入る前の車で、よく混んでいるコンビニエンスストアーが一軒あるはずだった。

依子の乗ったバイクは、そのコンビニに近ずくと、ウインカーを出し、車線を変え店の前の広い駐車場に滑り込んだ。
そのまま駐車場を進み、出来るだけ店舗前の監視カメラが向いている下にバイクを止めた。

すると駐車場に車を止めていた男達が、早朝に滑り込んできたこの女性ライダーを好奇の視線でじろじろと眺め回しているのが分かった。
依子は彼らの視線の先で、バイクにまたがったままの姿勢で、バックミラー越しに車道を覗いた。

エンジンを切った。エンジンは切らずにいたかった。
だが騒音をたてたまま周囲に不快感を与えていてもしょうがない。

さて、あのキャデラックは、どうするつもりだろう?

1台、2台、3台、と依子の後ろをついて来た車がバックミラーの中を通り過ぎていく。

灰色のキャデラックの番だ。

するとキャデラックは、堂々とウィンカーを出すと、ゆっくりと車体を駐車場に滑り込ませて来た。
意外だった。

そして、そのまま素知らぬ振りをして依子の脇に停車した。

依子はバイザーの奥からその車を眺めていた。運転席に一人、助手席に一人、人影が見えた。
最初に右側の運転席のドアが開いたのも意外だった。
運転席から降りてきたのは背の低い白人男性だ。

運転手が降りてくるとは思わなかった。
彼は車の屋根越しに依子を眺めると、軽く手を振り、ニコニコと笑って見せた。
駐車場に居た男たちは、それで興味を失った、というふうに一斉に視線をそらした。
もちろん、それはポーズだけだったが。

その白人は綿毛のような豊かな白髪を梳かしもせず、ぼさぼさに伸ばしたままの頭で、やはり白髪の口髭をたくわえている。前に垂れた髪を押しのけて突き出ている額の肌には艶があった。まだ40代後半ぐらいだろう。
一見して大学の教授風な穏やかな風貌だった。
アインシュタインピーター・フォークを足して2で割ったような顔だ、と依子は思った。
だが目は笑っていなかった。
カサヴェテスの映画に出ていた頃のピーター・フォークのようだった。