映画の製作(2) シナリオ作成(2)
この季節にどこかでお祭りをやっているようだ。
すると遠くに聞こえる祭囃子に急き立てられるかのように彼女達の歩調が早まった。
それは祭りに急ぐようでも、祭りから逃げているようにも思えた。
その日訪れた矢島幸恵の家は僕には新鮮な驚きに溢れていた。まず、機屋をやっていただけのことはある大きな家だった。元は機織と農業の兼業だったのだろう、門から入ると左手には農具をしまう為の板張りの倉庫があり、そこから奥に小さな回廊を挟んで母屋らしき建屋があった。
端にある玄関からはじまる母屋の、その奥へと細長く続く2階建ての外観は、まるで老舗の旅館のようにも見えた。側面には綺麗な細工をしたガラス戸が連なっていた。おそらく最盛期には住み込みで働く人たちもいたのだろう。
母屋の向かい側には電車2両分ほどの木造の細長い機織工場があった。決して小さいとは思えなかった。
僕達は矢島幸恵の案内で直接その機織工場に向かった。
矢島幸恵の家族に挨拶なしで済みそうなのは助かった。
実は依子さんの書いた原稿を拝見しに参りました、とかなんとか。
さすがにそんな説明は必要ないだろうけど何となく救われたような気がしたものだ。
おそらく矢島幸恵はこんなふうに友人達を招くことがよくあるのだろう。
僕達を案内する立ち振る舞いは自然で落ち着いていた。
ところが「双葉そろばん塾」という小さな看板のかかった機織工場入口のガラス戸を両側に開くと、突然、中から子供たちの嬌声が響いてきた。
それを聞くと矢島幸恵の顔が少しこわばり
「ちょっと待ってて」と言い残すと、
僕と英樹を工場前に残して目白依子と2人で中に入って行った。
しばらくして。
「こらっ。リュウちゃん、いつも教室で遊ぶなって言ってるでしょう。」
とピンと張った声が1つ大きく響くと、中で「わぁ」と嬌声が一段と激しくなった。
それからまたしばらく「ドッタン、バッタン、ガッシャン」と工場内の空気が揺れる振動が響く。
スッ、と静かになり、ギギギ・・・と、ガラス戸が内側から開くと、
ちょこんと小学生の男の子が1人顔を出した。
小学校の3年生ぐらいだろうか。
きょろきょろと辺りを見回した後に、僕達を見ると両目を「へ」の字にして「クスクス」と笑いながら外へ出てきた。
それに続いて、次から次へと小学生たちが出てきた。彼らは優に1ダース以上はいた。皆男の子だった。
それがぞろぞろ絶えることな1人1人ドアの向こうから湧き出してくる様子はマルクス兄弟お得意の「なんでも出てくる鞄」のようだ。
まるで「子鼠の群れ」だな、と僕は思い、「はっ」として思わず英樹を振り返った。
英樹と目が合った。すると彼は力強く1つ頷いた。
きっとその子鼠たちを見て同じ事を考えていたのに違いなかった。
"僕達の前に居る1ダース(以上の。正確な数までは分からない)子供たちは、今はただの人間の子供だがやがて「墓から蘇る死霊鼠」となるであろう。"
これは映画の神様の思し召しに違いない。そう思った。
さらに次の瞬間には、それ以上の僥倖が訪れた。
最後に、のっそりと大きな影がガラス戸を押し広げながら現れたのだ。
まるで、熊のような。
それは小さな両目で僕達を見ると「やや」と言い立ち止った。
その両手にはニンテンドーのファミリーコンピュータが抱えられていた。
この頃が「マリオブラザーズ」が発売されて爆発的なヒットとなる直前だった。それはともかく「どうも幸恵の兄です」と、もぞもぞと動きながら彼は人間の言葉を喋った。
だが僕らには、もはや"山椒魚"にしか見えなかった。